冬の女

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「冬の女は可愛さ3割増しなんだよ。女だからわかんないだろうけど、とにかく可愛いんだよ」

 

大学3年の夏。ちょっと背伸びしたいからって大人ぶって、ちっともおいしさなんてわかんないビールの泡を舌先でぺろっと舐めてたあの頃。

1浪2留した「サークルの主」と呼ばれる男の先輩が、目の前に座ってそう言うのだ。

 

ばかなこといってないで、早く炒飯食べようよ、冷めますよ、といって、炒飯にレンゲをさして先に食べ始めると、わかってねえなあなんて言わんばかりに私を見つめながら、グラスに入ったぬるいビールをくいっと飲み干す。

星印がついた瓶。延長が続く甲子園。赤い炒飯。

一筋の汗がつたう先輩の喉仏がやけにセクシーで、視界がぐんにゃりと曲がる。暑さのせいだと信じていたい。苦いビールを舐めつつ、急いで炒飯をかきこんだ。

 

それからも先輩はずっと「冬の女は可愛い」と言い続けていた。なんでも、冬は汗をかかないからメイクが崩れない。だから、顔面が最高の状態で保存できてるから可愛いんだ。という、完全に主観でしかない謎の自論を提唱。マジっすか、やばいっすね!と賛同しかできない後輩たちは意見を参照。こんなばからしいことを堂々という先輩だけど、なぜか周りにはグルーピーが群がり、そういう彼の女性観を彼女らは干渉。

そんなこともつゆ知らず、先輩がつま弾くトレモロは、日頃からたぶらかしている女の扱いのようにも見えて、なんだかエロティックで、指先を見るたびに女性の泣き顔すらも浮かんでくるようだった。

 

あれから9年。季節は秋。少し肌寒くなって、コートやセーターを着込んだ人がちらほら。街に繰り出すと、たまにふと思い出す「冬の女の可愛さ3割増し」。そんなわけないじゃん、なに言ってるんだろうって思いながら街を見渡す。たしかにかわいいかも?いやいやそんなわけ。

 

冬が近づくとあの暑かった夏を思い出してしまう。冬が来るたびに、こうしてまた女の子の顔をじっと見てしまうんだろうな。