テクマクマヤコン

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「あーちゃん!まだ?ねえ、まだなの?」
 
うんうん、わかった。あと少しだから。このボタンをつけたらもうおしまいだから…。よし、オッケー!
 
バッ!とカーテンを開けると、少し不貞腐れたアイちゃんが腰に手を当て、カッと睨みつけてきた。
 
 
 
 
 
 
アイちゃんは小学校のときの後輩。ある時、前の上司と買い物に来た…という思い出だけしかない、なんの思い入れもないアパレルショップへ、時間があったからふらっと寄ったら、店員として居たのだった。そこから付き合いが始まった。
 
「あーちゃんさ、なんでこんな色のタイツ履いてんの?」
 
ん?洗濯が済んでるものから履いてるんだけど、今日はこれだったの。
 
「ありえない!!こんな学芸会みたいなタイツ!あとさ、スカートいつのシーズンの?これ冬の生地!夏だから、これとこれとこれ着て!」
 
手いっぱいのお洋服を持たされ、どんどん背中を押され、フィッティングルームへ。
 
「いい?これ着るまで出ちゃだめだよ?わかった?」
 
はーい。
 
腑抜けたマヌケな返事が、フィッティングルームのカーテンに吸い込まれる。
 
こんな派手なピンクなんて似合わない。こんなの着れっこない。アイちゃんのばか。私はTシャツにハーフスカートが好きなんだ。こんな服なんてCamcanとかエビちゃんとかが着るんだよ。
 
そう思いながらも、結局はいうことを聞いてしまう。
 
「あーちゃん!まだ?ねえ、まだなの?」
 
あ、呼んでる。カーテンの向こうでアイちゃんが苛立っている。声でわかる。
 
あと少しだから。このボタンをつけたらもうおしまいだから…。よし、オッケー!
 
バッ!カーテンを開けると、少し不貞腐れたアイちゃんが腰に手を当て、カッと睨みつけてきた。
 
「おそい!」
 
ごめん。もたもたしてた。
 
「なにもたもたしてんの?っていうか超いいじゃん!やっぱりぴったり!私ってほんとに天才!しかも、あーちゃんの肌の色にピンク合うじゃん。ちょーかわいいよ。これで仕事いきなよ。今履いてるだっさいスカートやめなよ。私のセンスにまかせてよ、ね?」
 
おい、ダサいっていうな。このスカートも気に入って買ったの。
でも、なんだか嬉しい。普段からあんまりにも歯に衣着せないから、褒め言葉も素直に心から出てきたもんなんだろうな、となんの疑いもなく受け入れられた。こんな可愛い服、一生着ないと思ってた。知らない自分を知っていく、不思議な感じ、なんだか心地いいな。
 
ダサいダサいと言われながらも、気づけば、アイちゃんのお店に通うようになった。
 
フィッティングルームは、少しだけ欲望に素直になれる小さな秘密部屋。カーテンを開けたら、少しだけ強くなれた気がした。